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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1581号 判決

原告 株式会社野水商店

被告 笹岡敏男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

原告は、被告は原告に対し、金七十八万三千八十三円及びこれに対する昭和二十七年八月二十四日から

よる金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求める。

被告は主文第一項と同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、丸鉄、丸鋼等鋼材金物類の問屋業を営む株式会社であり、訴外東京山一株式会社(以下訴外山一会社と略称する。)は、鉄鋼材非金属類の国内販売並びに右に附帯する一切の業務等を営む株式会社であり、被告は、訴外山一会社の取締役にして、かつ訴外東京山一商事株式会社(以下訴外商事会社と略称する。)の代表取締役である。

二  原告は、昭和二十七年六月十八日訴外山一会社から丸鋼棒二十五噸を代金九十二万五千九百九十九円(一噸三万七千円の割合で、手数料九百九十九円を含む額)で買受け、同日訴外山一会社に対し、厚鉄板十九噸七百十瓩を代金八十万八千百十円(一噸四万一千円の割合で売渡した。そして、右各代金の決済方法として、訴外山一会社は、同月二十一日原告にあて金額八十一万二千七百八十四円(右厚鉄板の代金より金四千六百七十四円の過剰分を含む。)、支払期日同年八月二十三日、支払地東京都中央区、支払場所株式会社三和銀行室町支店、振出地同都千代田区なる約束手形一通(以下甲手形と略称する。)を振出し、原告は、同年六月二十一日訴外山一会社あて金額九十万九百七十二円、支払期日同年八月二十三日、支払地振出地とも同都千代田区、支払場所株式会社大和銀行神田駅前支店なる約束手形一通(以下乙手形と略称する。)及び金額二万九千七百十一円、支払期日、支払地、支払場所、振出地前同様なる約束手形一通(以下丙手形と略称する。)を振出した。(乙及び丙手形金の合計金額が金九十三万六百八十三円で丸鋼棒の代金より金四千六百七十四円超過するのは、甲手形金が厚鉄板の代金よりこれと同額の過剰分を含んでいることに対応する。)

三  右各手形の支払期日たる昭和二十七年八月二十三日、被告は訴外山一会社代表取締役山上健夫と共謀して甲手形を不渡として、その支払を免れた。すなわち、訴外山一会社は、右支払期日以前において、昭和二十七年八月二十日金額六十万円及び金額百四十万円、同月二十一日金額九十万円、同月二十二日金額百五十七万円の手形四通を不渡としているので、同年九月十七日東京手形交換所交換規則により取引停止処分をうけたものであるから、原告は、右甲手形金の支払を受けることが不可能となつたのである。その結果、原告は甲手形金八十一万二千七百八十四円と原告が振出して、なお未払の丙手形金二万九千七百十一円との差額金七十八万三千八十三円相当の損害を被つたことになる。右は、被告が訴外山一会社の取締役として、その職務の執行について、故意または重大な過失により生ぜしめた損害であるから、被告は、原告に対し、商法第二百六十六条ノ三の規定により、これを賠償する責任がある。

かりに、訴外山一会社が甲手形金の支払を免れたことが、原告の損害にならないとしても、原告は、被告の詐欺により乙手形金九十万九百七十二円を騙取され、これと同額の損害を被つた。すなわち、右手形の支払期日たる昭和二十七年八月二十三日被告は、前記山上健夫と共謀して原告に対し、甲手形は必ず落すから、乙及び丙手形も不渡にならないよう手配されたい旨偽つたので、原告は、これを誤信し、乙手形金支払のため金九十万九百七十二円を支払場所に振込み、これが支払をしたのである。

かりに、右が代表取締役山上健夫の単独行為であつて、被告はこれに共謀関与していなかつたとしても、被告は当時訴外山一会社の取締役として、右代表取締役の職務執行を監視し、かかる損害の発生を未然に防止すべき義務があるのにかかわらずこれを怠つて右損害の発生を惹起したものであるから、その責任を免れない。

またかりに、被告に商法第二百六十六条ノ三の規定による責任がないとしても、被告は訴外山一会社の親会社たる訴外商事会社の代表取締役として、右山上健夫の不法行為を予見したのであるから、被告にも故意または過失あるものというべく、被告は不法行為の責任を免れない。

以上により、原告は、被告に対し、損害賠償として金七十八万三千八十三円及びこれに対する昭和二十七年八月二十四日から完済まで、年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の請求の原因に対する答弁

第一項 訴外山一会社の目的、被告が訴外山一会社の取締役であつたこと及び訴外商事会社の代表取締役であることは認めるが原告会社の目的は知らない。但し、被告は、昭和二十六年十月一日訴外山一会社の取締役兼代表取締役に就任、昭和二十七年五月十八日代表取締役辞任、同月二十六日右辞任登記、同年六月三十日取締役辞任、同年八月二十九日右辞任登記を経たものである。

第二項 訴外山一会社が丸鋼棒二十五噸を原告に売渡したことは否認し、その余の事実は知らない。右丸鋼棒二十五噸は、訴外商事会社が、訴外山一会社の仲介により、原告に代金九十万九百七十二円(乙手形がこれに対応する。)で売渡し、訴外山一会社は、その仲介料として、原告から金二万九千七百十一円(丙手形がこれに対応する。)を申し受けたものである。

第三項 山上健夫が訴外山一会社代表取締役であること、乙手形金が支払われたこと、訴外山一会社が原告主張のような不渡手形を出し、取引停止処分を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。かりに、山上健夫が原告主張のような不法行為により原告に損害を被らしめたとしても被告は前述のとおり、昭和二十七年六月三十日訴外山一会社の取締役を辞任し、同日以降取締役としての職務を執行したことがないから、それを賠償する責任はない。

第四証拠

原告は、甲第一ないし第四号証、甲第五号証の一及び二、甲第六号証、甲第七号証の一ないし三、甲第八号証、甲第九号証の一及び二、甲第十号証の一ないし四、甲第十一ないし第十七号証、甲第十八号証の一及び二(甲第九号証の一及び二、甲第十号証の一ないし四は写)を提出し、証人野口寿雄、同秋葉朝四郎、同大森繁、同宮崎賢次郎及び同守山三折の各証言並びに原告会社代表者の供述を援用し、乙第一号証の成立を認めた。

被告は、乙第一号証を提出し、証人山上健夫、同大森繁、同寺村三千男及び同丹野秀威の各証言並びに被告本人の供述を援用し甲第一及び第二号証、甲第五号証の一及び二、甲第七号証の一ないし三、甲第八号証、甲第十一号証の成立は認める。甲第九号証の一及び二、甲第十号証の一ないし四の原本の存在並びに成立を認め、その余の甲号各証の成立は知らないと述べた。

理由

一、原告が鋼材金物類等の問屋業を営む株式会社であることは弁論の全趣旨により認められ、訴外山一株式会社が鉄鋼材非鉄金属類の国内販売並びにそれに附帯する一切の業務等を営む株式会社であることは、当事者間に争ない。

二、原告と訴外山一会社との取引関係

成立に争ない甲第五号証の一及び二、同乙第一号証、証人山上健夫の証言により真正の成立を認める甲第四及び甲第十三ないし第十五号証の各記載に証人秋葉朝四郎及び同宮崎賢次郎の各証言並びに原告会社代表者の供述を綜合すれば、原告は昭和二十七年六月十八日訴外山一会社に対し、厚板十九噸八百二十四瓩を代金八十一万二千七百八十四円で売渡し、同日同会社から同会社が訴外商事会社から買受けた丸鋼二十五噸を代金九十二万五千円で買受け、右代金支払のために、請求の原因第二項記載のように、原告は乙手形(金額九十万九百七十二円、甲第五号証の一)及び丙手形(金額二万九千七百十一円、甲第五号証の二)を振出し、訴外山一会社は甲手形(金額八十一万二千七百八十四円、甲第四号証)を振出したことが認められる。(但し、丸鋼二十五噸の代金と乙手形及び丙手形金額の合計額が相違する理由については証拠がない。)証人山上健夫、同大森繁、同寺村三千男及び同丹野秀威の各証言中右認定に反する部分は、前記証拠に照し採用しない。

三、原告会社の損害

前認定の事実に前記甲第四号証並びに甲第五号証の一及び二、証人秋葉朝四郎及び同宮崎資次郎の各証言並びに原告会社代表者の供述を綜合すれば、原告と訴外山一会社は、前記取引により相互に代金債務を負担するに至つたのであるが、原告会社は、訴外山一会社に対し、右代金の決済として対等額を相殺し、原告の残債務を現金をもつて弁済することを申し出たこと、これに対し同会社は、相互に手形を振出し、交換することを主張し、結局原告もこれを承諾して、前記のように手形が交換されたこと、手形振出に際しては、右両会社間にこれを銀行において割引く以外には、第三者に譲渡しないことを約したにかかわらず、原告振出の乙手形は訴外山一会社から訴外商事会社に裏書譲渡されたこと、右各手形の支払期日たる昭和二十七年八月二十三日原告会社代表者等は訴外山一会社に赴き、同会社代表取締役山上健夫及び使用人大森繁に対し、同会社振出の甲手形を落すかどうかを確めたところ、同代表取締役等は、甲手形は必ず落すから、原告振出の乙及び丙手形も不渡にならないよう手配されたい旨申し述べたこと、この言を信じた原告会社代表者は、乙手形金支払のため金九十万九百七十二円の振込をし、乙手形金は手形所持人たる訴外商事会社に支払われたが、訴外会社振出の甲手形は不渡となつたことが認められる。証人山上健夫及び証人大森繁の証言中右認定に反する部分は措信しない。

さて前認定のように訴外山一会社代表取締役等が手形の支払期日に自己振出の手形を落すと言明しながら、これを不渡にした事実からすれば、他に反対の事実の立証されない限り、手形を落すといつたことは、偽の事実であつたと推認せざるを得ないし、また原告が甲手形が不渡になることを予知し得たならば、その振出の乙手形を不渡としたであろうことは前認定の手形振出の経緯に徴し、容易に推測し得るところである。従つて、原告会社は、訴外山一会社代表取締役山上健夫等の詐欺により、乙手形金九十万九百七十二円を振込み、これと同額の損害を被つたものといわなければならない。もつとも、原告は、第一次的に訴外山一会社がその振出の甲手形を不渡にしたことを原告の損害と主張し、請求金額も右手形に相応するのであるが、甲手形が不渡となつたという一事をもつては、訴外山一会社が甲手形不渡の前後に数回の不渡手形を出し、手形交換所において取引停止処分にされたという当事者間に争ない事実を考慮に入れても、未だ甲手形金債権が消滅し、または実現不能に帰したものと推認し得ないから、この意味においては、原告会社に損害を生じたということはできない。

四、被告の責任の有無

原告は、右損害は、被告が訴外山一会社の取締役として、その職務の執行について、悪意または重大な過失により生ぜしめたものであるから、被告はこれを賠償する責任があると主張するに対し、被告は昭和二十七年六月三十日同会社の取締役を辞任し、それ以後取締役として職務を執行していないから、取締役として責を負うべき理由はないと主張する。

成立に争ない甲第一号証によれば、被告は、訴外山一会社設立当時から、その代表取締役であつたが、昭和二十七年五月十八日代表取締役を辞任し、同月二十六日その旨の登記を経て、同年六月三十日取締役を辞任し、同年八月二十九日その旨の登記を経たこと、右六月三十日被告の取締役辞任に伴い、訴外山一会社の取締役は商法に定める取締役の員数を欠くに至り、同年七月十五日被告の後任として丹野秀威が取締役に選任されたことが認められる。従つて、被告は、後任取締役選任の日である同日までは、なお訴外山一会社の取締役として権利義務を有していたのであるが、前認定の損害発生にかかる同年八月二十三日には、既に取締役を辞任していたが、その登記を経なかつたものであることが認められる。一般的に、かかる取締役を辞任したが、辞任登記を経る以前の者に商法第二百六十六条ノ三に規定する損害賠償責任を負わせることができるであろうか。およそ取締役は、その職務の執行について、会社に対し、善管注意義務と忠実義務とを有する。そして取締役が第三者に損害を与えることを予見しながら、右義務に違反する職務執行行為をして第三者に損害を生ぜしめたときは当該取締役をしてこれを賠償せしめようとするのが、右規定の趣旨である。従つて、取締役が一旦辞任するときは、その登記前においても、会社に対し前記のような義務を負うものではなく、かつ取締役としての職務を執行するに由ないのであるから、原則としてかかる者に同条の規定する責任を負わせることはできないであろう。しかし、かかる者においても、外見上取締役としての職務を執行し、その職務執行に関連する取引により善意の第三者に損害を加えた場合であれば、事情によつては、損害賠償責任を負わなければならないものと解する(商法第十二条)。しかしながら、被告が右代表取締役山上健夫等と共謀して、原告に前記損害を加えた旨の立証はなく却つて証人山上健夫及び同大森繁の各証言の一部並びに被告本人の供述を綜合すれば、被告は、昭和二十七年六月三十日取締役辞任後は勿論、同月初頃から、訴外山一会社の取締役としての職務を全然執行していなかつたものであり、本件取引及び手形の決済関係についても、全く関知しなかつたことが認められるのであるから、被告に右損害の賠償責任はない。

原告は、前記損害が被告と右代表取締役山上健夫との通謀によるものでないとしても、被告は訴外山一会社の取締役として、同代表取締役の業務の執行を監視し、右損害の発生を未然に防止すべき義務があるのに、これを怠つたから、損害を賠償する責があると主張する。しかしながら、業務執行に関する意思決定権は、取締役会に専属し、決定された意思に基く業務執行行為自体は、代表取締役の権能に属する。代表権のない各取締役は、取締役会の構成員としてその意思の決定に参与する以外に、業務執行の権能を有しない。このような法律の建前から考察すれば、代表権のない各取締役は、取締役会に上呈された事実については、他の取締役の行為を監視する義務を負うが、これとは別個に、代表取締役の業務執行行為自体一般を各個に監視する義務を負うものではないと解するのが相当である。このことは、商法第二百六十六条ノ三第二項の規定からも窺われるとこであつて、改正前の商法の下における取締役の責任とは大いに趣を異にする。そして、本件取引及び手形金の決済等について、取締役会の決議を経た旨の立証はなく、却つて証人山上健夫の証言の一部によれば右の事項は取締役会の議を経なかつたことが認められるのであるから、被告に監視義務違反の責任はない。

なお、原告は被告は訴外山一会社の親会社である訴外商事会社の代表取締役たる地位にあつて、故意または過失により、右山上健夫の不法行為を助成したものであるから、被告は不法行為上の責任を負うべきであると主張するが、右故意または過失の事実を認めるに足る証拠はない。

四、よつて原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄)

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